理不尽なのは世界でも人間でもなく脳味噌でもない、其れについて突き詰めて考えるのは放棄する、此れについて今此処で何を言っても意味はない、結論など出す意味がない、議論することを求めてもいない、価値観の相違など今更ごたごた言ったところで自分は何ものにも生らないことを知っている、こうやって例の如くズラズラとわかりそうでわからない言葉を並べ立てているが、実際のところ自分でもよくわかっていない、文章の意味、其処に籠められた意味が希薄すぎて(若しくは皆無で)自分の発する言葉が嫌だと思い始めたのは何時だったか、自分の抱いた感情すら言葉に縛られていて、現そうとすると更にきつく縛られるなど余りにも哀しく無様で其れ以上に滑稽(或いは其れに類するもの)過ぎて哂えもしない、ただ内部に発生したもののうち、張り巡らされた網に掛からず曖昧なまま放逐されている幾らかのものは認識されずにいるだけといっても此方に(表面的な・直接的な)害はないから幾分気が楽だ、さぁ向き合おう、さぁ取り込もう、云云、云云、そんな行動はいけませんよ、いけません、認識と理解ほど恐ろしいことはない、こうやって言葉を紡ぐのだって無意味過ぎて厭だ、厭厭、わかる筈はないのだ、わかろうとしている訳でもないのだ、なんだってなんだって非生産的すぎる、そうして生きている、甘受して生きている、そうして益益、言葉という其れ自体に対する不信感が募る、自分はもう人間を辞めるしか逃れる術はないではないか、本日も又又、鼻息を荒くして憤慨するばかりです、そして其れもまた縛られている(感情・感情)言葉なんて言葉なんて(感情・感情)考えるだけ自分を追い込むとわかっているさ、わかっている、だからこそ落ち着いて三度深呼吸したのち眼前の人間のことを思う、長々とした講釈は脳味噌に届かない、結局のところ理論や解釈なんてものは言葉の違いでしかないのだ、悉く幾許かの言葉の違いよ、幾ら理論的な文章も言葉に拠るものだと思った途端に馬鹿らしいものとなる、言葉を目で追いながら其れを理解しようとする自分も、より一層馬鹿らしいものに成り果てる、得意顔で論理的に構築された文章・細微まで拘って記述された文章(其の類)をホレホレと目の前でちらつかせる輩の顔面に辞書を叩き付けたい(広辞苑の第六版だ!くらえ!)其れもまた虚しい、結局のところ何物も(何者も)言葉(言語)と結びつかずに存在できないあたり(存在も言語によってしか認識できないからペラペラでバラバラでカラカラしている・其れ故空々しいのかはわかりたくない)人間を縛り付けているものは知覚出来るとか出来ないとかいうレヴェルにすらないということだ、言葉其の物を定義するのも言葉であるのだから、矛盾のない世界など求められやしない、矛盾の中の更なる矛盾を突付いて遊ぶような子供にはもう生りたくなどない、逃れる術を見つけたところで、其れによって齎される結果さえもたったひとつの言葉で表されてしまう、そうして末路は其のたった一語によって認識され、理解されていく、ならば其の術とやらは逃れる為のものには生り得ないということだ、此れはもう永遠の(無窮・無限・又は其れに類する…云云、云云