「 鎌倉は蝉になりたいと思う? 」
クラスメートの青木が黒板けしを握りしめ、板が打ち付けられた窓を真っ直ぐ見つめながら、問いかける。
「 おもったことないよ 」
放課後にこうして二人、もう使われなくなった教室で話をするのが好きだった。
青木は少し変わった奴だ、一日中寝ているし、誰かと一緒にいるのを見たことがない。
本人が言うには“群れることを知らない”らしい。
放課後になるとムクリと起き上がり、掃除もせずにこの使われなくなった教室へと向かうのだ。
「 青木は蝉になりたいの? 」
「 ううん、私は蛍がいい 」
青木とする話といえば、今日の授業は退屈だったとか今日は天気がいいとか、
あぁそうだね、の一言で終わってしまうような、中身の無いことばかりだった。
それでも僕らはこの時間を大切にしていたし、この時間が僕らにとって凄く重要なことだとわかっていた。
「 今日は卵の日よ 」
「 へぇ、どうして? 」
青木が窓から目を放してこちらを見た。視線がぶつかる。
一瞬にして二人以外の世界が消えたような、愚かで美しい錯覚。
「 お一人様一パック、駅前のスーパーで今日とても安いの 」
握りしめられた黒板けしがミシリと啼く。
青木の目は濁っていた。
(070111)