「鎌倉、鳥は空を飛ぶわ」
「うん」
読んでいた本を伏せながら、僕はそう答えた。
青木は最近、床の上に横たわり膝を抱えてじっとしていることが多い。
それは、小さな海に浮かぶ胎児のようで、丸くなる青木の背中が人間のものではないように思わせる。
ボロボロの床板に散る黒髪はとても綺麗だった。
「わたし、翼がないのよ」
「うん」
青木の背中が、少し小さくなった。
制服が汚れることも構わずに床の上で身体を丸め、自分の背中にあるはずの翼を確認しようと、必死に胸を抱いている。
その身体は小刻みに震え、まるで泣いているようだ。
「青木、」
ぼくは静かに立ち上がり、青木の背中へと近づいていく。
傍らに屈んだ僕は、そっと青木の肩甲骨を撫でた。
「君に翼はない」
青木が首を回して顔だけを僕に向ける。
その目は相変わらず濁っていたけれど、僕は初めて青木が微笑むのを見た。
目を細め、口の端を少しあげただけの笑顔。
静かに肩甲骨から手を放して僕は教室のドアへと向かう。
背中の方で、青木がまた丸くなる気配を感じた。
(070111)