放課後、いつものように教室へ向かうと青木は既に其処に居て、
黒板を白いチョークで端から塗りつぶす事に必死になっていた
普段はあまり感情を出さない青木だったが、今はその横顔から焦燥の色が窺える
僕はドアの所に佇んだまま青木を眺めることにして、床に鞄を置いた
青木は尚も黒板を塗りつぶし、僕はその様子を眺め続ける
そして突然、青木の握りしめていたチョークがボキリと大きな音を立てて折れ、
それとほぼ同時に 青木が 崩れ落ちる
僕は駆け寄って青木を支えようとしたが間に合わず
青木は床に額をぶつけたまま動かなくなった
そっと肩に手を置いて揺らしてみると、微かに嗚咽が聞こえてくる
その事に吃驚した僕は思わず肩に置いた手を引いた
よく見ると青木の体が震えている
「 どうしたの 」
「 やっぱり私には無理だったのよ 」
そう呟いて青木はまた震え始めた
なにが無理だったのだろうか、何をやろうとしていたのだろうか
僕にはさっぱり解らない。そう、解らないのだ。きっと此れまでも此れからも
「 鎌倉、黒板は黒くないわ 」
「 うん 」
「 だから私は彼を殺そうとしたのよ 」
「 うん 」
「 真白になれば、彼は死ぬ。黒板じゃなくなるわ 」
「 なぜ殺そうとしたの 」
「 彼は黒板と呼ばれることに苦痛を感じていたはずだから 」
そう言ってまた震えだす青木の肩に、僕はゆっくり手を置いて黒板を見上げる
半分ほどが真白になったそれは黒板と呼ぶには あまりにも無様だ
「 でも、どうするの 」
「 私にはきっと出来ない 」
「 中途半端に殺したままでは、彼が可哀相だよ 」
青木の、はっと息を呑む音が聞こえた気がした
そうだ、彼は中途半端に死んでいる。それが一番苦しいはずだ
「 中途半端に 死んでいる 」
「 そうだよ 」
「 中途半端 」
「 だから、頑張りなよ 」
言いながら青木の頭を二度叩く。震えはもう収まっており、嗚咽も聞こえない
青木は黒板を完全に殺すだろう。でも、それでいい
旧校舎の教室に残る黒板は確かに僕らの眼の前で、その命に終わりを告げる
美しいか、そうでないかなんて、僕らにはまるで まるで関係のないことだ
とても愚かだけど、たしかに僕らは本気だった
僕はドアの所へ戻り、再び黒板を白く塗りつぶしはじめた青木を眺める
青木の横顔に焦燥の色はなかった
(080329)