委員会の後に旧校舎の教室へ行くと、其処にはやはり青木が居た
ボロボロの机と椅子を引っ張り出してきて、なにやら一生懸命書いているように見える
ガリガリという酷く強い音が廊下まで聴こえていたぐらいだから、
青木の筆圧は紙を破いてしまうくらい強いのだろう
教室のドアを開けた僕の目に最初に飛び込んできたのは、青木の姿勢の悪さだった
机に顔を近づけすぎだ、背骨が思い切り丸まっていて遠目では寝ているようにしか見えない
「 青木、何を書いているの 」
「 日誌 」
青木の鉛筆を持つ手は停まらない
ガリガリと響く音を聞きながら、青木が日直の仕事をしている姿を想像してみる
黒板を消す青木、授業開始の号令をかける青木、想像しただけでも凄く気味が悪い
青木が真面目に日直の仕事をする人間じゃなくてよかったと心底思う
黒板も消さないし号令もかけないのに日誌は書くんだな、おもしろい
こんなに必死に日誌を書く人間は、そう居ないだろう
「 出来た 」
「 見てもいい? 」
「 えぇ、自信作よ 」
そう言って日誌を僕のほうに差し出した青木は、心なしか嬉しそうだ
珍しいこともあるものだな、と思いながらも僕は黙って日誌に手を伸ばす
今日の日付、天気、日直の名前、連絡事項、授業内容、日直から一言
青木が書いたという事で、何の変哲もない日誌を想像していたわけではなかったが
其れは想像を遥かに超えて、拒絶する暇すら与えずに僕の目に飛び込んできた
「 ・・・自信作 」
「 ムンクの叫び 」
「 青木、これはモナリザだよ 」
全ての欄を無視し、紙に印刷されている文字の全てを拒絶しながら
今日の日誌のページにはモナリザが大きく描かれていた
驚くほどに似ている偽物のモナリザは微笑を浮かべながら此方を見ている
「 この人は叫んで居るのか 」
「 えぇ、とても哀しいって 」
「 何で哀しいのかな 」
「 表情筋が痙攣するって 」
机と椅子を元の場所、教室の後ろの方へ運びながら静かな声で青木が言う
床の軋むギィギィという音が突き刺さってくるようで心臓が痛い
紙の上で微笑みながら叫ぶモナリザだけが僕を見ていた
「 一緒に提出しに行こう 」
青木は満足そうに日誌を抱きしめた
(080329)